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【特集】スポーツ好き、集まれ!
東都リハビリテーション学院には、「スポーツ好き」が多く集まります。在校生、卒業生、教職員、非常勤講師....様々な形でスポーツに取り組んでいたり、スポーツを支えています。「大好きなスポーツに貢献したい」、そんなあなたの経験を理学療法士として生かしてみませんか。ここでは、スポーツの経験を生かして活躍するエキスパートのインタビューを特集しました。

Q.高校時代、運動部に所属していましたか。

高校時代、運動系の部活動に励んでいた学生は全体の75%。たくさんの学生が高校時代に勉強と部活動を文武両道し、充実した日々を過ごしていたことが分かります。運動部で最初に学ぶことは、先輩への挨拶や礼儀を徹底的に教わります。学生生活でも医療現場でもこれは非常に生かせます。
※ 2014~2016年度 理学療法士1部入学生を対象とした調査
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Q.高校時代、部活中に怪我を負ったことはありますか。

やはり自分の経験こそが、最大の教材となります。怪我を通じて、試合に出れない苦しみ、上手く動くことが出来ない焦りなどを経験し、乗り越えてきたことでしょう。その時に身体だけではなく心の支えになってくださった理学療法士を理想像としてその経験を今度は自分が理学療法士として生かそうとしている学生が多くいます。
※ 2014~2016年度 理学療法士1部入学生を対象とした調査
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栗山節郎先生/日本鋼管病院 副院長・医師

スポーツ医学は、競技選手のみならず
一般の患者に対しても実践できる重要な知識です。

もともと昭和大学医学部整形外科医局の後輩であった小関博久理事長が、スポーツ医学が重要であることを認識され、「オリンピックやスポーツ医学の経験を直接学生に話してほしい。」との希望から、「スポーツ医学」という特別講義を開始しました。スポーツ医学は、1つは「競技選手の医学」、つまり競技選手が怪我したら治療し積極的にリハビリして早期的に競技復帰、さらにその知識を利用し、選手の安全な強化に生かします。現代では、心拍数や血中乳酸を測定しながらトレーニングし、科学的にコントロールしながら強化することが全ての種目で常識になっています。

さらにスポーツ医学の知識を一般の人々に応用すると、安全で健康な人生を送る指導ができます。現在の医療で最も多いメタボリックシンドローム、ロコモティブシンドロームを基にした疾患群です。メタボリックシンドロームは、「高カロリーの食事、運動不足」が原因で、残ったエネルギーが脂質として蓄積されるものです。1,000年ほど前は一般人の大半は1日2食しか食べられず、1日3食を食べることができませんでした。このため動物としてのヒトは、インシュリンをつかってエネルギーを蓄積していました。ところが現代では食べ過ぎてしまうことが多いことから、脂質はコレステロールや中性脂肪として体内に蓄積されます。これが続くと、動脈硬化、高血圧、さらには「脳梗塞」、「心筋梗塞」になります。この2疾患と「ガン」が日本人の3大死因です。つまり、食事の管理と運動の管理がこの2大疾患の予防と管理として重要になります。メタボリックシンドロームの予防としては、適切な栄養食、エアロビック運動(心拍数を元にして運動量を計算する方法)で、心拍数を計りながらエアロバイクやトレッドミルで適切な目標心拍数を管理し指導することが重要です。

整形外科として大切なものはロコモティブシンドロームです。老化すると筋量や骨量が減少し、骨粗鬆症になります。徐々に積極的な運動が出来なくなり、さらに骨粗鬆症が進行すると、腰痛や骨折を生じ、だんだん活動ができなくなります。従来は脳梗塞による「寝たきり」が原因の1位でありましたが、今では骨粗鬆症に伴う痛みや骨折での「寝たきり」が1位となっています。医学としても骨粗鬆症にならないように、適切な食事と運動を指導することが大切になります。このため、理学療法士が適切な運動指導を予防と治療として行うべく、「スポーツ医学の知識」が知識が必要となります。実践的なスポーツ医学としては、選手の怪我をより早く治療して、より早く競技復帰することでありますが、多くの一般の人を対象とすると、ロコモティブシンドロームやメタボリックシンドロームの知識が必要となります。当校の卒業生にも仕事をしながら、ナショナルチームやプロのトレーナーをやっている理学療法士もいますが、多くの卒業生はスポーツ医学を用いて、一般の患者へ適切な運動指導を実践しています。東都リハビリテーション学院で理学療法に関わる知識とともに実践的なスポーツ医学も勉強して、社会に役立つ理学療法士を目指して下さい。

Profile 
日本鋼管病院 副院長・整形外科統括部長、昭和大学 医学部 客員教授


資格

日本整形外科学会 専門医・指導医、日本整形外科学会 リウマチ認定医、日本リハビリテーション医学会専門医・指導医、日本東洋医学会 認定医、日本整形外科スポーツ医学会 評議員、日本臨床スポーツ医学会 評議員、厚生労働省 補装具適合判定医、日本体育協会 認定スポーツドクター、介護支援専門員

オリンピックドクター帯同歴
1988年 カルガリー五輪、1992年 アルベールビル五輪、1994年 リレハンメル五輪、1998年 長野五輪、2002年 ソルトレイクシティ五輪  冬季オリンピック 日本スキーチームドクター

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奥寺 康彦 様/株式会社 横浜フリエスポーツクラブ 会長 兼スポーツダイレクター

授業が“厳しい・難しい”のは、確かな技術や知識を
兼ね備えた理学療法士を社会に送りたいための裏付けである。

私が現役当時のプロサッカー選手とは、会社に入社して一般社員と同じように仕事が主体で、横浜にある工場で従事しながら1日おきに練習しました。およそ3年間、横浜にて働き、4年目に本社に戻ることになり、毎日練習出来る環境になりました。とにかく、サッカーをさせてもらえる環境を望んでいたし、その環境を非常に感謝しました。
21歳の頃、椎間板ヘルニアを患い、1年半ほどサッカーが出来ずに療養に専念した時期がありました。なかなか回復しないことに非常に落ち込み、そのシーズン終了時に引退しようとフロントに話をしました。ちょうどオフシーズンに入ったこともあり、治療に専念するよう伝えられ、週3回の通院生活を送り、半年後に復帰することができました。当時、チームドクターはいましたが、フィジカルコーチやトレーナーはおらず、体調管理は選手自身に委ねられていました。自己管理をしつつ、自分でメニューを考え、自分でやるしかありません。しかし、当時はサッカーをするために当然のことだと思って取り組んでいました。

プロフェッショナルとは、逃げ道がなく、何事も達成しなければなりません。また、観客に対して魅せられるパフォーマンスを発揮すること、それに専念して取り組める環境をつくることも重要です。自分はどこで何を魅せられるのか、自分を生かすためにどう工夫するか、自分が力を発揮するために何をやるのか、それは自分で作るしかないと思います。周囲に対して自分は行動することで評価を得るしかありません。チャンスを生かすか殺すかは自分次第、与えられたことに対して、常に全力で応え取り組むこと、そして、何事にも達成したいと思うチャレンジ精神が大切です。私のサッカー人生もそうでしたが、チャレンジすることで次につながります。サッカー選手をサポートするために大切なことは、スポーツ選手、さらにはプロサッカー選手についての知識をしっかり学ぶことです。一般人とは違い、選手の復帰はパフォーマンスが大きく影響されます。アスリートの身体に要求されることを知り、その中で医療サポートする皆さんが、要求されることを自分の感覚でも実感してほしいです。また、学生の頃から出来る限りたくさんの身体に触れたり、現場を見学したりするべきだと思います。机上の勉強も大切ですが、経験したことや体験したことは自分の財産になるので、たくさんの経験を積んでほしいです。
小関博久理事長からは、卒業後に即戦力となる理学療法士の育成に努めたいという意思を強く感じます。授業は厳しいと思いますが、しっかりとした知識・技術をもった人材を社会に送りたいからこその裏付けであると思います。

「人の身体を診るには、中途半端な気持ちや知識や技術ではいけない」、

そういった緊張感が伝わってくる。また、授業や実習のみならず、学校行事やクラブ活動などの充実から、オンとオフができており、時間の使い方についても学べる印象があります。受験生の皆さん、なぜ、東都リハビリテーション学院を選んだのか、しっかり考えてください。そうすれば自ずと答えが分かってくるでしょう。勉学の苦しさはありますが、達成した時は素晴らしいです。自分を、そして学校を信じて最後まであきらめずにやりぬいてほしいと思います。

Profile
中学1年時にサッカーと出会う。高校卒業した1970年(S45)、古川電気工業サッカー部に入部。その後、ユース代表、U23代表、日本代表として日本のサッカー界に貢献。1977年、世界最高峰のリーグといわれたドイツ・ブンデスリーガ FCケルンに入団、地元ドイツのファンから「東洋のコンピューター」というニックネームで呼ばれた。
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眞田 崇 さん/本校卒業生(10期生)

ロンドン パラリンピック
車椅子バスケットボール 日本代表トレーナーを経験。

練習前に選手たちがベストな状態で練習できる環境づくりから始めます。ドリンクの準備、ボールなどの設備準備などです。また、マッサージやテーピングなど、選手達のケアを行います。そしてチーム練習が開始されるとウォーミングアップ指導やトレーニング指導などを行いつつ、水分補給などを行います。練習後は疲労が蓄積しないよう負荷のかかった部位へのアイシングやケアを行い、片付けを行います。車椅子バスケットボールによる突発的な怪我で多いのは指の外傷です。また、転倒時やブレーキ時の手首への怪我も非常に多いです。疲労が蓄積しやすい肩や肘などへの障害も重視しています。コンディションで留意していたことは、まずは栄養面です。慣れない環境での3週間の滞在で、選手村の食事に飽きて食欲が衰えてしまうことを懸念しました。

日本選手団本部の管理栄養士に1人1人の食べるものを写真で送付し、確認していただきフィードバックしていただきましたので非常に心強かったです。1試合目までの食事スケジュールをしっかり管理し、3~4日目で慣れてくると近くのスーパーマーケットで日本食を手配したりしました。身体面では、初戦まで1週間ありましたが、練習できる場所は各国で2時間ずつしか利用できませんでしたので、その中で選手1人1人の個人差を補うために別途ウェイトトレーニングを行いました。練習負荷が弱いと体重の増減にもつながりますし、身体に刺激を入れるため細かい管理に配慮いたしました。心理面では、選手は緊張から特に過敏になっており、日常の些細な変化により大きなストレスにつながるので配慮が必要でした。選手村ではWi-Fiがつながっていたので、選手が日本にいる家族と連絡をとれることができ、ストレス軽減にもつながりました。特に、普段から行っている自覚的コンディショニングチェックのデータにより、選手達の睡眠時間が6時間以下だと7時間以上の時と比べて、試合や練習の集中力が低下している傾向があったため、毎日7~8時間とれるようなスケジュールを組みました。パラリンピックは観客も多くて、試合中は周りの声も全然聞こえない状況でした。選手達やスタッフはそういう状況を事前に把握をしていても、独特な雰囲気がありました。普段の試合や練習から、そのような環境をより想定して取り組む必要があると感じました。

パラリンピックを通じて、選手の障害を負った背景に国によって特有の背景があることが分かりました。日本では交通事故が多いようですが、戦争によって障害を負う選手が多い国、銃社会によって銃で障害を負ったりと背景はさまざまでした。選手村では、他国の選手が長い距離を移動するときはキックボードを利用したり、ドイツでは運転できるバイクのような車椅子を利用していたり、日本ではあまり見られない工夫が見られました。車椅子バスケットボール競技を通じて感じたことは、試合に入るまでの準備やスケジュールを大切にして、試合で選手が最大限のパフォーマンスを発揮できるようにしなければならないことです。いくら準備していても、スポーツの一瞬や結果で、全てを評価される厳しい現状もあります。特に大会の規模が大きければ大きいほど、求められることが大きくなるし、個人的にもトレーナーの役割が試合の1点、2点に影響してくると感じました。

東都リハビリテーション学院はスポーツが好きなクラスメイトが多かった印象です。卒業後の今でも、お互いの活躍を刺激しあえる仲間たちです。今となって振り返ると、同じ目標をもった仲間は本当に財産です。最後になりましたが、同じような志を抱いている方にアドバイスさせていただくとしましたら、「継続すること」だと思います。私は学生の頃から同活動を続けており、平日は学校に通い、週末はほとんど車椅子バスケットボールでの活動を行いました。「何を学べるか」ではなく、まずは参加して見学し、自分なら何が出来るのか、または出来ないのかをしっかり確認することが必要です。継続して活動することでチームや信頼関係を築くことが大切です。頑張りましょう。

Profile

東都リハビリテーション学院 1部10期 卒業生。せきね整形外科桜丘クリニック 理学療法士、2012ロンドンパラリンピック 車椅子バスケットボール競技 日本代表トレーナー。日本学園高校を卒業後、本校アスレティックトレーナー学科に入学。卒業と同時に理学療法学科に入学し、理学療法士となる。自身が取り組んでいたバスケットボールのみならず、様々なアスリートのコンディションサポートを行いつつ、クリニックにて理学療法士として活動している。

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小関 泰一 さん/本校卒業生(1部7期生)

苦労して取り組んできた研究がアメリカ ISEK学会で表彰されました。
学会名:The International Society of Electrophysiology and Kinesiology (ISEK)
受賞名:Northwestern University Awards


臨床現場での経験が基盤となり、頸椎の肢位変化が胸郭にどのような影響を及ぼすかを検討しました。臨床上、頸椎疾患の患者様を治療する際、頸椎局所のみの治療では改善しない場合があり、胸郭を含めた包括的な治療展開により、良好な結果を得る経験から、頸椎の肢位変化が胸郭にどのような影響を及ぼすかを研究しました。
理学療法研究には、臨床力が求められます。私は広尾整形外科で11年間理学療法士として従事し、色々な経験を積みました。医師には頸椎疾患の症例を多く任させていただき、その経験の中で沢山の研究課題を見つけることができました。非常に苦労してまとめた研究でしたので、受賞の際は非常に嬉しかったです。また次の研究に向けて頑張りたいです。東都リハビリテーション学院での4年間は、理学療法士になるために必要な基礎知識が十分学べます。その基礎知識を臨床現場でどのように応用していくかなど卒業してからも役立つ授業が数多くあり、基礎から応用まで幅広い知識・技術が学べます。
理学療法士の役割は、「理学療法を通して患者様を治す」ことです。結果を出すためには、知識や技術だけではなく、何より大切なのが理学療法の考え方です。このことは臨床現場の最前線でやってきた理学療法士にしか分かりません。東都リハビリテーション学院には最前線で取り組んでこられた先生方が数多くおります。
理学療法士としての自分のvisionを明確にすることが必要だと考えています。visionが決まればあとはひたすらやるだけです。ただ何かを得るためには何かを犠牲にしなければなりません。その「覚悟」が必要だといつも自分に言い聞かせています。理学療法を本気で目指す人は是非とも東都リハビリテーション学院に入学してみてはいかがでしょうか。

Profile
東都リハビリテーション学院 1部7期 卒業生。医療法人博聖会 広尾整形外科。東海大学付属相模高等学校にてバレーボール部に所属しながら文武両道に励む。卒業後、東都リハビリテーション学院に入学。在学中はクラス委員長を担い、リーダーシップを発揮する。卒業後、広尾整形外科に入職して現在に至る。

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古橋 沙やか さん/本校卒業生(1部10期生)

女性アスリートが世界で戦えるような身体づくりをしていきたい。
子供の頃から漫画や絵が好きで、よくスポーツ選手の絵を見たり描いたりしているうちに、人体の構造に興味を持ちました。バスケットボールを取り組んでいましたが、身近に日本を代表するトレーナーが活動しており、痛みをとることが出来る技術に憧れを抱き、この仕事をしたいと強く思いました。東都リハビリテーション学院は、医療系予備校から紹介していただいたのがきかっけです。年間を通じてイベントが多く、楽しそうな学生生活の印象を受け、入学を希望いたしました。

学生時代は、クラスメイトと毎日一緒に過ごすことができ、思い出を多く作れました。また、座学以外に体育などがあり、授業を愉しめました。放課後は、学生スポーツに関わる時間を設け、現場に出て、コーチやトレーナーなどを経験し、コミュニケーションの場を広げるよう努めました。東都リハビリテーション学院を卒業し、広尾整形外科にて従事しながら、勤務時間以外にバスケットボールの大学チームや、アンダーカテゴリー代表のトレーナーとして帯同しました。現在では様々なチームに帯同しています。現場での役割はチームの掲げる目標によって変わりますが、怪我に対するサポートよりも、理学療法士として怪我をしない身体づくりや選手のイメージする動きを叶える機能をつくるために必要なことを考えて行っています。理学療法士としてスポーツ現場を経験しながら一番やりがいに感じることは、選手の痛みをとり、パフォーマンスが変わったときです。痛みをとることは当然ですが、怪我をしない身体づくりや、選手自身がプレーの質を向上したと感じていただける時が一番のやりがいです。私自身が女性ということもあり、将来は女性のスポーツ選手が世界で戦えるような身体づくりをしていきたいと考え、日々勉強を行っています。これから理学療法士を目指そうとする皆さん、私は東都リハビリテーション学院に在学中、学生生活を送りながら、自分がやりたい理学療法士のイメージを作っていく努力をしました。学校には様々な経験や技術をもつ先生達がたくさんいらっしゃるので、東都リハビリテーション学院に入学して、今しかできないことを精一杯頑張ってほしいと思います。

Profile
東都リハビリテーション学院 1部10期 卒業生。小さい頃から漫画や絵が好きで、スポーツ選手の絵を見たり描いたりしているうちに人体の構造に興味を抱く。東都リハビリテーション学院に入学し、理学療法士を取得。卒業後は広尾整形外科に入職。現在は理学療法士として、様々なチームの帯同を行っています。

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藤 原 務 さん/本校卒業生(1部9期生)

Jリーガーから理学療法士へ。ブレない志を持ち続ける事が大切。
8歳からサッカーを始めたサッカー人生は怪我や障害との戦いでした。最初の大きな怪我は中学生の時に腰椎椎間板ヘルニアになったことでした。朝起きたら腰痛を感じ違和感を抱えながら登校しましたが20分も椅子に座っていられず、次第に激痛と足の痺れが生じるようになりました。一時的なものかと思い、横になったりしましたが症状は改善されず足に力が入らず膝折れを生じるようになりました。さすがにその時はサッカーができなくなるんじゃないかという不安が頭に過りました。当時は、MRIを撮るにも1ヶ月間程度待たなければならず、それまでは入院し症状の回復に務めましたが症状は改善されずサッカーができない不安が押し寄せてきました。MRIの診断結果は腰椎椎間板ヘルニア及び腰椎すべり症の疑いでした。その診断を聞いて勇気を振り絞ってサッカーを続けることができるかを聞いたところ医者は静かに「現状ではサッカーを続けることは無理でしょう」と伝えられました。一瞬なんのことか理解できずに目の前が歪んで見えたことを今でも覚えています。当時は、進路も複数の高校とクラブチームからオファーを頂き症状を説明して返答を待ってもらっている状態でした。ただこのような状態だとサッカーだけでなく日常生活もままならない状態でしたので勇気をもって手術をする決断をしました。それはもう一度サッカーをしたいという気持ちとこれを乗り越えて夢であるプロサッカー選手になるというブレない志があったからだと思います。現場復帰には、約半年程度掛かりましたがそのブレない志があったからこそサッカーに復帰できたと感じます。理学療法士を目指す方もブレない志を持ち続けてほしいです。

もう一つはJリーグ セレッソ大阪時代の練習中に左膝半月板を損傷し、半月板縫合術を施行しました。そのときに初めて理学療法士の先生に出会うことが出来ました。手術後で足に体重を乗せることも出来ない状態でしたが詳細に動きや下肢のアライメント評価など第一印象はすごく細かいところまで繊細に診ていることに驚きました。もしかしたら今まで筋力トレーニングなどしかしてきていない私には戸惑いもあったかもしれません。ただ痛みの軽減や動作の改善を実感することが出来たことで理学療法士の先生と信頼関係を築けることが出来た瞬間だったと思います。予定より早期に現場に復帰することができJリーグの試合メンバーに入れるようになりました。また、オランダ人の理学療法士に見てもらう機会もあり詳細な動きの確認をしていたことを思い出します。手術後の理学療法の介入だけでなく、グランドレベルでも理学療法士に介入してもらったことで痛みやパフォーマンス改善に寄与しました。理学療法士のおかげで翌年にJリーグ初出場できたと言っても過言ではないです。
サッカー時代のポジションがゴールキーパーだったことは、理学療法士として患者様の動きを捉えることに役立っていることを多く感じます。相手を客観的に観察する能力は養われたのではないかと感じています。スポーツをやっていた方には同様な経験をしていることと思います。例えば、どのようにシュートを打ってくるか相手がどのように動いているのかは瞬時に判断して次の動作に移行しているはずです。言い換えればわずかな動きの差異を感じ取れている訳です。また対人スポーツではない方でもうまい人を模倣してその人との差異を感じ取り修正してきたと思います。理学療法士はそのわずかな動きや正常との差異を対比して問題点の抽出や理学療法を展開していきます。スポーツに携わっている方はそのような経験をしていることが多く患者様を診るにあたって大きなストロングポイントになると思います。

理学療法士として心がけていることは動作をしっかり診ること。動作を的確に捉えることが出来なければ病態を正確に把握することもできず、理学療法を展開するにあたり方向性を決定することができません。いろんな知識を得ることは必要なことだと思いますが、その知識を整理して知恵まで昇華しなければ現場では使えません。サッカーに例えればサッカーの技術、ドリブルの仕方、パスの仕方など書かれている本をもって練習や試合なんかしないということです。理学療法士としてスポーツ選手を診ることは高齢者を診るのと基本的には変わりません。病態を把握して理解しその原因を追究して治療に展開していく。ただスポーツ選手は動作が複雑でスピードが速いため理学療法士の優れた診る目は必要不可欠だと感じます。皆さんがスポーツでトレーニングしてきたのと同様にこの目を養うためにはトレーニングは必要です。ただ注意しなければならない点はその選手がどのカテゴリーにいるのか理解することとその選手が持っている技術を変えないことです。機能レベルを改善して動作バリエーションが増えることで技術を進化させるべきだと思います。選手はストロングポイントとウィークポイントを持ち合わせており、多くの選手は、特化したストロングポイントでそこのカテゴリーに所属しています。投げ方、蹴り方、振り方、構え方に特徴があり、病態に発展する可能性があったとしても短絡的にそれらを変えることは選手のストロングポイントを妨げる可能性があると思います。病態に発展しないように機能向上を提供するべきだと思います。

本校への入学にあたり都心に立地していることは、大きなメリットと捉えていました。一つは様々な情報が集まりやすく、どのような理学療法士を目指すかにあたってアンテナが建ちやすい。またその情報を元に行動するのにアクセスが良好だった。本校は、国家試験合格へ向けてのカリキュラムだけでなく、理学療法士になってから臨床に直結する授業カリキュラムも豊富である。本校を選んだ理由と就職にあたり広尾整形外科を選んだ理由は、自分の夢を実現するために直結していることです。私の夢は、サッカー界への貢献と底辺の拡大、同じ志を持つ者への教育です。サッカー選手では叶わなかった夢ですが、第2章である理学療法士としてこの夢を実現していきたいと思います。是非皆さんも夢をもってブレない志で理学療法士を目指してください。

Profile
東都リハビリテーション学院 1部9期 卒業生。元 Jリーグ プロサッカー選手。神戸弘陵学園高等学校卒業後、Jリーグセレッソ大阪に入団。三年目にはJリーグ初出場を果たす。アビスパ福岡に移籍後は、度重なる怪我にて引退を決意。理学療法士を目指し東都リハビリテーション学院に入学。卒業後、広尾整形外科に入職し働きながら2013年に文京学院大学大学院に入学し修士課程を修了。2016年に東京医科大学大学院に入学し健康増進スポーツ医学分野を専攻し医学博士課程を取得を目指す。国内外でも研究発表を精力的に行い現在に至る。

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河野 隆志 先生/本校教職員

幅広い視野や知識を持って、スポーツ現場で活躍してほしい。
理学療法学科1部に入学する学生の多くは、これまでのスポーツ活動による影響により、スポーツへの興味・関心が高い、または、クラブ活動中の怪我による理学療法士との関わりが職種の認知に繋がり、理学療法士を志す傾向にあります。スポーツ現場には、競技レベルや対象者により、多様な活動先があります。例えば、競技性を追求するシニアからジュニア世代のアスリート、健康や余暇等を目的とした高齢者から子供、障がいのある方等、求められる役割は異なります。そのため、スポーツ現場で活動するためには、医学的な知識やスキルに加え、スポーツの社会的な価値や役割、スポーツ現場の実態、アスリートやスポーツ愛好者との関わり方、スポーツ界の動向等に関する知識が必要です。我が国の国際競技力向上を目的にスポーツ医・科学の研究・支援を推進する国立スポーツ科学センターでは、理学療法士がアスリートに対するサポートを行っております。また、プロ野球やプロサッカーチームをはじめとした各競技のトップレベルのチームにおいても活躍しております。そこで、1部2年生を対象としたスポーツ社会学の講義においては、先述したスポーツの社会的な価値や役割、スポーツ現場の実態、スポーツ界の動向等について情報提供し、グループワークを通して、理学療法や医療の視点からスポーツについて考察するような教授方法を取り入れています。また、我が国の強化拠点である味の素ナショナルトレーニングセンターや国立スポーツ科学センターの施設見学を通して、トップレベルの競技環境やサポート体制に関する実態等について学ぶ機会を創出しています。医学的な専門的知識を有する理学療法士は、アスリートやスポーツ愛好者への直接的な関わり方だけでなく、その専門的能力を生かした各競技の専門的なスキル開発、用具や器具の商品開発等の領域において活動することも期待できます。

Profile
東都リハビリテーション学院 専任講師。高校からラグビーに取り組み、仙台大学ではバイスキャプテンを務め、全国地区対抗大学ラグビー大会にて準優勝に貢献する。「アスレティックトレーナー資格制度」について研究すべく、筑波大学大学院に進学する。2013年~2015年、日本レスリング協会にて、文部科学省委託事業/独立行政法人日本スポーツ振興センター再委託事業メダルポテンシャルアスリート育成システム構築事業において、レスリングのアスリート育成システムの構築に従事した。


現役時代の競技歴(ラグビー)
1999年 東北地区大学ラグビーリーグ 優勝
2000年 全国地区対抗大学ラグビー大会 準優勝

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本多 尚基 先生/本校教職員

競技力向上と怪我は紙一重、正しい知識と技術を。
私は小学4年生ではじめたレスリングでは、努力の成果が実り、わずか1年で全国チャンピオンになることが出来ました。高校では国民体育大会で優勝を果たし、日本代表としてアメリカやロシアに海外遠征に行かせていただくことも経験出来ました。大学ではインカレや大学リーグ戦などでも活躍しましたが、中でも20歳の頃に全日本選抜レスリング選手権大会で準優勝をおさめ、更にオリンピックを目指す気持ちが高まりました。更なるハードな練習をするため、国立スポーツ科学センターで行われた全日本練習に参加した時、相手ともつれた状態で相手の体重も受けながら、頭から床へ落下してしまいました。受傷後、手足への痺れ、記憶の薄れ、激しい痛みに襲われましたが、私自身が一番恐怖に感じたのは手に全く力が入らなかったことです。しかしこの事態を安易に考えており、数日後に控えていた試合に出場したところ再発、”幽体離脱”に近い体験もしましたが、これは授業の時にでも話します(笑)。

当時は、チャンピオンになろうと競技力を求めることだけを考えていたため、ケアについては全く軽視していましたが、2度にわたる大怪我を通じて”競技力向上と怪我は紙一重”だと強く思いました。選手は常に自分の事を考えますが、自分では分からない事や客観的に見ていただき、自分が強くなるために正しい知識や技術をもった医師や理学療法士に、正しいフォームやトレーニング、用具、そしてストレッチング等のケアをしっかりサポートしてもらうべきだと思います。私のように不甲斐ない想いをする選手が1人でも減ってほしく、自分の経験を通じて、これから担うべく学生達に私の想いを託していきたいと思います。現在は、ボランティアでアマチュアレスリングクラブを運営しています。昭和のプロレスを一斉風靡したザ・デストロイヤーさんが顧問を務めていますが、残念ながら保護者の世代のため、知らない学生の方が多いです。私の娘2人も現在、小学生の全国チャンピオンですが、私自身の経験から、成長に負担のないよう、競技力向上を追い求めるだけではなく、怪我の予防の観点からも指導するよう心掛けています。
また、東都リハビリテーション学院の教室を練習場に利用させていただき、「TBS炎の体育会」のレスリングコーチとして、芸能人にもレスリングを教えております。私は怪我で自分の人生を変えましたが、その後の人生も自分次第、努力で良い方向に変えられると信じて常に前向きに頑張っていきます。

Profile
東都リハビリテーション学院 専任講師。日本大学藤沢高校を経て、日本大学文理学部卒。小学校からレスリングを取り組み、1998年 神奈川ゆめ国体で優勝、2000年 全日本選抜選手権大会 準優勝。オリンピックを目指すも練習中に首から落下し、脊椎損傷を患う。選手生命は断念するも、自身の経験を後生に伝えるべく努めている。

現役時代の競技実績(レスリング)

1998年 かながわ国体 少年の部 レスリング フリースタイル 優勝
2000年 明治杯 全日本選抜レスリング選手権大会 フリースタイル 準優勝